仲良くなりすぎないほうがうまくいく関係もある

2016/12/01


学生時代の仲間で仕事している知人たちがいます。

彼らは10年以上の付き合いにもかかわらず話す時はお互い敬語。ときどき彼らのやり取りが笑い話の種になったりします。

が、最近になって僕もその気持ちが何となくわかるようになりました。たぶん人付き合いには良好に保てる距離というのがあって、それは近ければいいとは限らないのだと。そこに仕事のような利害関係が入るとなおさらでしょう。
 

初対面では「さん」で呼んでいた相手でも一緒にいる時間が長ければ徐々に打ち解けて、そのうちあだ名や呼び捨で呼び合う仲となり、やがて気兼ねなく意見を言える間柄になる。それは一見すれば良いことなのですが、関係に慣れすぎると相手を雑に扱う場面もでてきたりして、それがきっかけて関係がこじれることもあります。

ことわざに「心安きは不和の基(こころやすきはふわのもと)/あまりに親しくなり過ぎると遠慮がなくなって、仲が悪くなる原因にもなりかねないという意味」というのがあります。
 
相手と距離が近いといって関係が良好に保てるわけでもないし、よそよそしいからといって不仲でもない。良好な関係を保つ距離というのは相手によって違ってくるものです。
 

一方で人付き合いにはある種の「型」があります。すごい乱暴なたとえですが仲のいい友達同士ではあだ名で呼び合うとか、家族の間ではですます調では話さないとか、ざっくりいえばそんな感じのことです。

そしてその「型」からみた距離というのは、相手と良好な関係を保てるだろうと思う距離と同じじゃないことがあります。最初に紹介した知人二人のやりとりはこれに当てはまるでしょうし、親と話す時は必ず丁寧語だという知人もいます。

もちろん彼らのように型の距離にとらわれず、あくまでお互いが適切だと思った間合いを保てる態度で接する方が正しいと僕も思いますが、それは思ったよりも難しい。

僕も最近そんなふうに間合いを取りたいなと思う相手がいるのですが、すこしでも気を抜くと遠慮なくずけずけと接してしまい、後になってかるく落ち込みます。


-考えたこと