真の女子高生

2017/01/20


今朝、通勤の途中で「チャム君、ひさしぶり」と声を掛けてきた中年の女性がいた。

フクちゃんのお母さんだった。

フクちゃんは高校生の頃の友達だ。一時期、フクちゃんとは毎日のように会っていた。フクちゃんと僕の家は歩いて2分もかからないくらいの近所だったのだ。しかし小学校、中学校を通して一度も一緒のクラスになったことがなく、フクちゃんとは高校生になるまで満足に話したことはなかった。

じゃあなぜフクちゃんと仲良くなったかというと、フクちゃんは格闘ゲームの愛好者であり、アダルトコンテンツの探究者でもあったからだ。フクちゃんのアダルトコレクションは人種や年代、次元をこえて充実していたため、同年代の男子から幅広い支持を得ていた。

そしてフクちゃんの部屋はちょっとした離れにあり、フクちゃんの親に会わずに出入りができた。

格闘ゲームとスーパーフラットなアダルトコンテンツが溢れかえるフクちゃんの部屋は僕らにとって自由な風紀が漂う、ある種の殿堂だった。人類の文明が「シュメール」という一地域から広がっていったといわれるように、僕らのアダルトカルチャーはフクちゃんの部屋から、彼のコレクションと伴って伝播していった。

そんなフクちゃんだが学校の成績はあんまりよくなかった。というかおバカだったわけだが、格ゲーとエロまわりの造詣は深く、発言が軽んじられる時があるものの、その手の話題の際は一目置かれる存在だった。

フクちゃんから教えてもらった知識で今でも覚えているのがレンタルビデオにおける「女子高生」というジャンルの真偽の見定め方だ。

フクちゃん曰く、真の女子高生はタイトルが女子「高」生となっている。演出の場合は女子「校」生となっているから注意するように、とのことだった。なぜそんな法則があるのか、それは本当だったのか今もわからない。
ただそうゆう時のフクちゃんには圧倒的な説得力があった。フクちゃんはちょっとぽっちゃり目で背は高くなかったのだが、アダルトコーナーにいるときの彼は落ち着きと自信に満ち、まるで結婚式の誓いの場に立つ神父様のような振る舞いだった。

以後、僕もこのジャンルの棚を前にして悩む友人を見かけた際は、フクちゃんに代わりこの天啓ともいえる法則をもって迷える友人を諭した。それを聞いた友人たちも皆、僕に対して驚きとささやかな尊敬の眼差しを向けてくれた。

***

フクちゃん一家が引っ越したのを機に、フクちゃんとは会わなくなってしまった。

「たびたびこっちに帰ってくるのよ」とおばさんは言った。

「久々にフクちゃんに会いたいですね」と僕も返したのだが、嘘だった。もちろん会ってみたい気持ちはある。でも、今、フクちゃんと会っても正直何を話していいかわからなくて、それがちょっと怖い。

そういえばフクちゃんとのエピソードに裏ビデオならぬ裏テープというのがあるのだが、それはまたいつかの機会に。


-考えたこと